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ハイストリートファッションとは

聞いたことある人いるかもしれません。
日本では聞かないけど、これはイギリスの言葉。

High Street=メインストリート。
ハイストリートファッションは、街の大通りやデカいモールに必ずある大衆向けチェーンで全身揃うスタイルのこと。

半ば受動的にユニクロを着て無意識的に流行を取り込んでいる人たちのような、マスマーケットを象徴しているのがハイストリートスタイルです。
ハイって付くと上位感ありますが、ストリートファッションと似てるようで実はだいぶ違います。

時代は遡って7,80年代以前のイギリス。

土曜の午後お母さんに連れられて、決まりきったルーティンで半ば強制的に大通りやモールを延々と行ったり来たりした、小さい頃の恐ろしい記憶(ファッション的にひどいという意味だと思う)。
古くさい衣料品、ひどい形の背広、ぶっといネクタイ、ピチピチの下着… ダサいものしかない。それが当時のイギリス人的ハイストリートのイメージ。

そしてその鬱憤を晴らすかのように80年代に次々と現れたデザイナーズブランド。
みんな子どもの頃のトラウマから逃れるため、片やデザイナー達は懸命にイケてる服を作り、消費者はそれらの服を盲目的に買い漁りました。
高級志向をターゲットにした新しい市場が生まれた頃でもあり、デザインやコンセプト以上にフレッシュなインパクトにスポットが当てられた時代。
ハイストリートファッションはその流れに乗れない人たちのためのもので、ハイストリート=つまらない、ダサいというイメージもその流れから顕著になっていったのかもしれません。

話は少しそれるけど、僕が中高生だった頃の記憶ともどっか似てるなあと。
その頃もまだ今みたいなメガストアチェーンはなく、買い物行くにも何をどこで買えばいいのかわからない。雑誌は夢のような世界を見せてくれるけど、同時にこれはこう着ろ!こんなのはNG!と現実的なルールを課す緊張感もあって、純粋に楽しいだけじゃなく、俺はダサいのか・・?という恐怖や義務感も常にセットだった気がする。

そんなファッション難民を救うはずのリーズナブルなショップも悪い意味でバラエティに富んだラインナップを誇っていて、信用できない店員のお勧め以外にこれを着れば大丈夫といったガイドラインもない。どう見回してもハズレしかないのに当たりあるよという悪質なテキ屋みたいな服屋も多く、あまり難民救済の役割を果たしていませんでした。

同世代のリーダーたちの当時はしりませんが、僕からしたらイケてるってだいぶハードルが高かった。頑張らないとまともにすらなれないっていう。それが僕から見た当時のハイストリートファッション。時代は違っても、イギリスも日本も同じような感じだったのかも。今から考えると、楽な手段がなくて逆に良かったと思うけど。

話はイギリスに戻って、ハイストリート=ダサいというイメージにはっきり変化が現れたのが90年代に入ってから。実際はもう少し前から兆しはありましたが顕著になったのはそのあたり。

今もある名前でいえばM&SやTOPMANなど、イギリスを代表するハイストリートブランドがこぞって大量生産の技術革新に力を入れ、デザインコンサルとも蜜な連携を取り、デザイナーズブランドと並べてもおかしくないラインナップを打ち出した。
リーズナブルな服を着たら自動的にダサくなってしまうことがなくなり、小さい頃の呪いが解けず流行から取り残されたロストジェネレーションの救われる時が、90年代になってやっと訪れたわけです。
エルム街にかけて、The Nightmare on High Street(ハイストリートの悪夢)はついに終わったと。

これはファストファッションが生まれるずっと前の話ですが、この転換期なくしてファストファッションはなかったはず。
それを今やつまらんとか、もう終わりかけてるとか、なんて贅沢な話なんだ笑。まあそれが当たり前になっちゃったので、今度は逆にじゃあどうしよう、というのが現状のフェーズなのかな。
最近流行にいまいちついていけてないのでわからないけど、意識してついていかなくても全然かまわない時代に変わってきてる感じはなんとなくします。

画像がザツになってきた・・。

ここからは個人的というかお店の話。
まだまだ続きます笑。

じゃあその転換期前後、手ごろな服でも真っ当な格好ができるようになった、生まれ変わった時代のハイストリートファッションが一体どんなものだったのか。どれだけセンセーショナルだったか。
今そこにすごく興味ある。
時代の特定も難しいし、線引きも曖昧だし、数もかなり減ってるので尻尾を掴むのはそう簡単ではないけど、だからこそ改めてちゃんと見てみたい。
有名なとこで言えばM&SとかNEXTとか。断片的には拾ってきたけど、そういえば意識的にフォーカスしたことないなと気づいたのもきっかけ。

ハイストリート限定の話ですが、転換期を境にざっくり分けると、同じブランドで比べてもやっぱり後の方が大方洗練されているしクオリティも高い気がする。著名なデザイナーがコンサルタントとしてチームに加わるようになったのもあるし、今とフィーリングが近いのもあるだろうけど。
もちろんそれ以前でも素晴らしい服はたくさんあるけど、僕がそう感じる服って当時のロスジェネにはだいたいが到底手の出ないポジションにあったもの。ハイストリートよりはむしろデザイナーズとかインディーズとか、大衆リアルがプライオリティじゃないやつ。

ならどうやってその転換期、限られた時代の見究めや良し悪しの判断をするかってなると、ちょっと文字で説明するのは難しいです。
はっきりとした違いがあるわけでもないし、自分自身もしばらく遠ざかってるのもあるし、そもそも地味だし。法則らしい法則がないので、一つ一つの服を見ないと分からない。ブランドネームじゃ良いものは選べないし。

ちょっといやらしい話ですが、今ってブランドの名前が知れ渡ったとたんそのブランドならなんでもアリ、みたいな流れになりがち。それがすごくもどかしい。例えばストーンアイランドだって駄作というか、大したことないものも普通にある。どう考えても金目当てだろってビジネスアイテムとか。
それをストーンアイランドなら何でも最高、みたいなのは違う。でも基本なんでもアリになっちゃう。絶対頭のどっかで判断してると思うけど、見て見ぬフリしてる。ブランド至上主義が揶揄されがちなのは、このブランドなら何でも良いと思わせる店、それを信じる人が少なからずいるからじゃないのかな。服の問題じゃなくて扱い方の問題。自分もそこはもっとはっきりさせないととは思うけど。

ここで話題にした転換期のハイストリートファッションは、その見究める目が問われるテーマだと思います。だからこそ面白いし、やってみたい。
名前だけでいいなら無数にあるので、名前自体にはあまり価値がない。元々安いものだし。すごく狭いし、ハードル高いと思う。着ることじゃなく、あくまで探す過程の話です。

もう一回言うけど、だから面白いんです。
それくらいじゃないともう一着一着に感動できない。ただカッコいい服なら死ぬほどあるんだから。些細なことでもしっかりこだわりたい。それこそこないだ書いた特権意識。マッシモオスティの言葉を借りるなら、服にたいして教養のある人。無数にある中からその良し悪しが判断できて、前者を選んで着られるって誰にでもできることじゃないし、特別なことだと思います。
扱う対象は限りなく狭いけど、そこにたどり着くためのヒントを少しでも提供できたらと思ってます。

年代ばかりに執着するのはどうかと思うし、もちろんいいものはそんなの関係ないけど、あえてそれ言っちゃうとね…。ジャンル年代関係なくいいものだけを厳選しています、なんていう店からこだわりとか熱量みたいなの感じるかって、僕はあんまりなので。器用でいいなとは思うけど。
できれば年代推しとかしたくないです本当は。なんでもかんでも何年何年て。でもそれとこれとは別の話。あえてしっかりこだわるところはこだわってやりたいと思います。

ここまでたどり着いた人、ありがとうございます笑
長々偉そうにすみませんでした。ではまた。